Nankosha Shrine 空襲で欠け落ちた三渓園楠公社の狛犬 <横浜市中区>

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第二次世界大戦の横浜空襲の爆撃により、三渓園の楠公社が失われた。が、首が欠け落ちた狛犬は残った。


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楠公とは、南北朝時代の武将・楠 正成のこと。社殿の建物は、もと大坂・観心寺にあったもので、楠 正成が建武元(1334)年に建立、自らの守護神・牛頭明王を祀ったと伝えられた。三渓園へ移築後は、高村光雲門下の彫刻家・米原雲海作の楠公の木彫像が安置されていたが、空襲の爆撃により社殿と楠公像はともに失われた。現在の天満宮の鳥居脇にある欠け落ちた狛犬は、楠公社があった頃からのもので空襲による破壊の痕が生々しく残されている。
手前にかかる橋は観心橋で、その名は楠公社の由緒(観心寺)による。



神奈川県横浜市中区本牧三之谷58


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Old Days in Sankeien 28 三渓園昔むかし 28 楠公社と観心橋
http://hamacul.at.webry.info/201607/article_29.html

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